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未来を見据えて伝えたい「食」にまつわる5つの物語

「旬菜旬消」 旬の野菜を旬に食し、四季を感じる 厳寒が旬 すぐき漬

旬   :  1月-2月 
原産地:京都市上賀茂
特徴:葉の大きさに比べ根の部分が小さい酸味を持つことから"酸茎"とも言われるが、漬け物にすることで、根も葉も食べることができる

 人と農業、野菜をつなぐ「京都 八百一」から、京都市・上賀茂で受け継がれている伝統野菜、“すぐき菜”の“すぐき漬”をご紹介。お話は池田徳治さんに伺いました。

池田徳治(いけだ とくじ)

「京都 八百一」
すぐき漬(100g)199円
◎地下2階 生鮮食品売場
「京都 八百一」

 すぐき菜は、“酢茎”とも書く、かぶの系統です。くさび形の根と、肉厚で濃い緑色の大きな葉が特徴で、それを塩だけで漬けたシンプルな漬け物が“すぐき漬”です。酸味がある独特の味わいが人気。ここ数年は、乳酸発酵の発酵食品として、新たに注目を集めています。

 すぐき漬の歴史は古く、始まりは300年前から400年前とも言われています。栽培を始めたのは、上賀茂神社に仕える社家(しゃけ)という説があり、社家だけで作られ、上賀茂特産の漬け物として、御所や公家などへの贈り物として珍重されていました。文化元年(1804年)、当時の所司代から「すぐきはたとえ一本たりとも他村へ持ち出すことを禁ず」というおふれが出され、栽培技術や発酵技術はもちろん、種も持ち出されることなく上賀茂の地で守り続けられてきました。一般の農家で作られるようになったのは、江戸時代の末期頃。当時は、初夏から夏が旬でしたが、お歳暮に使われるようになり、収穫時期を早めていったと言われています。
 今回訪ねたのは「京都 八百一」の契約農家、中本家。現在上賀茂ですぐき菜を作っている農家は、約40軒。ご多分にもれず、後継者問題などで、年々減少しています。そんな中で3代目、4代目、5代目が一緒にすぐきを作る中本家は、長男が継ぐという伝統を守っている貴重な農家のひとつです。

上賀茂ですぐきを守り続ける農家、中本家
右から4代目、3代目、5代目。

 野菜は、収穫したら出荷するのが通常ですが、すぐき農家は、漬け物までその家で作るのが伝統。9月から種蒔きを始めますが、漬け物作りのキャパシティーを考えて、一度には蒔かず、4〜5日おきに蒔いて、収穫量を調整します。

大きさ、形を確認しながら手掘り。

加工できる分だけ
収穫します。

訪れた11月下旬は、収穫が始まり、漬け物作りに忙しくなったタイミング。皮をむき、粗塩と並塩、2種類の塩で荒漬け。

1本1本手作業で収穫します。

5代目が漬けている樽は、60年使っているという歴史あるもの。一度に1200本が入るとても大きなものです。

翌日には樽から上げて、一度水で洗い、重石で漬けます。小気味良いリズムですぐきを並べ、塩をしていく4代目。きれいな模様のように根と葉が重なっていく様子は、熟練の技そのものです。

重石によって嵩が減ったところへ、上からすぐきを足すこと3回。その後、発酵させるための室(むろ)へと移されます。室で約1週間程度。長い年月の間に、室に着いた菌が、その家独特の味を作ります。そもそもの種も門外不出。毎年の収穫の最後に種を獲り、受け継がれているのです。
 すぐき農家の仕事は、漬けるまでではありません。販売まで行う伝統があります。上賀茂をはじめ、京都には農家が直接お客様に販売をする“振り売り”の文化が今ものこっているのです。江戸時代は、天秤棒を担いで行われていた振り売り。それが時代とともに、大八車(だいはちぐるま)になり、リヤカーになり、今では軽トラックへと運ぶ手段は変わっていますが、お得意様を回るご用聞きであり、元気かどうかを確認する見回り役でもあることは、今も昔も変わりません。

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